往復書簡12

展覧会もあっという間に終盤に差し掛かってきましたが、なんと会期を三日間ですが延長することになりました。22日(水)までです。20日は月曜ですが、この日も開館しています。ぜひお越しください。

今村さんの雪原の話に反応しようとしていたら、急に暖かくなってきました。点字の美しさを雪原に置きかえた比喩にはなるほどと思いました。手ざわり的に言うと氷で覆われたスケートリンクだとカップ麺の蓋のフィルムの手ざわりでしょうか。スケートもスキーも少しだけですが経験があります。雪原は、氷の表面のようにつるっとした感じではなく、点字の印字されている白い紙のイメージなんだろうと思いました。これで点字が美しいというのが少しわかったような気がします。

では、点字のタイプライター「パーキンスブレイラー」(以下パーキンスと書きます)について書きます。現在このパーキンスは、展覧会の受付に置いています。点字で芳名録を書いてもらうためです。

昔なつかしいこのパーキンスは、ぼくが中学生の頃から使っているものです。久しぶりに持ちだしましたが、まだまだ現役で使えます。パーキンスの特長は、キーを押したときに点字が紙の表面に印字されるところにあります。携帯定規などで点筆を使って1点ずつポツポツと打っていくと、読み返すときにいちいち用紙を裏返さなければなりません。パーキンスだと打ちながらすぐに読み返して、間違いなどチェック出来るわけです。

なぜこのパーキンスをわざわざ持ちだすことになったかと言うと、展示会場1階のリサーチ展示のキャプションを、墨字と点字の併記で一枚にまとめようと今村さんが提案してくれたからです。

ぼくは、このような美術作品の展示会場には、点字表記がないのがあたりまえだと思うようになってきていました。以前はぜったい点字が必要だと思っていたこともあるのですが、視覚に障害のある人の中で点字離れが進んでいることと、何でもかんでも点字という時代は終わっているという認識があり、必要なら会場にいる誰かに読み上げてもらったり、後からテキストデータでもらったりすればいいなぁというように考えています。

しかし、今回ミーティングを重ねる中で、点字に興味を示す今村さんに促されるかたちで、それならということでこの古ぼけたパーキンスを持ちだすことになったわけです。

今村さんは、点字の美しさだけではなく、アナログなガジェットとしてのパーキンスにも興味津々でしたね。タイプライターとしては、あまりに頑丈にできていて、とても重い機械です。手ざわりもとても重厚な感じがしますが、ぼくはこれをリュックなどに詰め込んで盲学校に持って行ったりしていました。

今村さんは、点字ディスプレイを作品化する中で、点字も少し覚えていましたよね。なので、すぐにおもしろそうにパーキンスで点字を書いていました。大学時代の点訳サークルに入部してくる学生さんが、初めて書いた点字を、「これ、読んでみて」とうれしそうにぼくに手渡してくれていた情景を思いだしてしまいました。

そうこうしている内に、展覧会オープンの前日に点訳作業をすることになりました。ぼくの出番です。亀井さんに墨字の原稿を読み上げてもらいながら、レイアウトも考慮して点字を打っていきます。点字には独特の約束事がありますが、墨字と併記するときには、墨字とのバランスを考えながらレイアウトを決めていきます。墨字に近いレイアウトにしながら、なおかつ、点字としても読みやすい工夫をしなければなりません。

この点訳作業は90分ぐらいで終わったのですが、なぜかとてもなつかしい時間でした。どうしてかというと、盲学校時代や大学時代にも同じような点訳作業の経験があったからです。

盲学校のときには、文化祭などで高等部の生徒全体をいくつかのチームに分けて、演劇をするのが定番となっていました。ガリ版刷りされた脚本を持ち帰って、家で親に読み上げてもらいながら点訳するのです。なぜか普段は息子の教育にあまり関心のなかった父親が、晩酌のビールもそこそこにして、この点訳作業の読み手となってくれていたのを思いだします。文節ごとに読み上げてもらい、それをぼくが点訳していくわけです。

そうそう、盲学校高等部の時には、学園闘争もありました。1970年代前半の話です。生徒の主張を共有するために多数のビラが配布されました。仲間同士で弱視の人がビラを読み上げて、点字を使う全盲者がパーキンスで3枚ぐらいの重ね打ちでビラ作りをしました。重ね打ちには、パワフルなパーキンスが活躍したというわけです。

そんななつかしい昔の記憶が蘇ってきて、亀井さんとの仲間意識を感じるほほえましい90分だったと感じていたのは、たぶんぼくだけだったと思います。読み上げる声と点字を打ちだすガチャガチャした音。そして伴走してもらいながら、1枚ずつ出来上がっていく点字キャプション。何とも楽しい時間でした。

さて、今回はそんなことをしながらスタッフも点字テプラでいろんな所に点字表記ができるようになりました。特に見えない人を意識し過ぎることなく、点字が美しくスタイリッシュに表現できた展覧会ではないかと自画自賛しています。

光島貴之