過去のテキスト-光島さんへのメール

こんにちは、今村です。

僕の過去のテキストをお送りします。

2014年の奈良の古い小さな2階建の空き家で行った展覧会で、会場内に作品の一部として置いたテキストです。会場となった民家はボロボロでしたが、中庭に大きな木があって、窓からの光も綺麗でした。そこに散らばるように設置した作品や会場自体とテキストがリンクするようにつくってあるので、かなり言葉を省略していて、単体で読むと意味が取りずらいかもしれませんが、想像で補ってもらえれば幸いです。
過去のテキスト、あと何回か準備でき次第、お送りします。

この下に貼り付けます。二千文字ほどです。

 

 

家と窓と木について

イメージこねくり回しながら、周回する。見えない木の根元のぐるりを巡るように。

1
アトリエの窓の左右そろっていないカーテンの隙間から、斜めに差し込む朝陽を横目に眺めつつ、がらんどうになった部屋と窓と木について考える。

2
今年の梅雨が明けてしばらくした頃、アトリエの近所にあった大きな杉の木が、ある日突然なくなってしまっていた。その後しばらくは、その光景に強い違和感を覚えていたはずなのに、いつの間にか気づくとその不在感は静かに立ち去っていた。大家のおじいさんが、杉の葉を貰ってきて、酒屋によくある杉玉を作っていた。このあいだ美術館で見た禅僧が丸を描いただけの掛け軸を思い出した。消えてしまった存在は、円となって大家さんの玄関先で宙に浮いている。

3
中学生の頃、通っていた学習塾へいく途中の軽自動車がぎりぎり入れる程度の細い道沿いに大きな木があって、友人の一人が考案した新しい自転車の乗り方などを試しながら、みんなでその下を通っていた。小さな家の庭から建物を圧迫するように太い幹が伸び、上空で枝を四方八方に広げて細い道路を覆っていた。その下を通る事がなくなって、もう十年以上経つが、あの木は今も残っているのだろうか。
まだ木の存在するかも知れない風景と今はもう無いかも知れない風景とが、シュレーティンガーの猫のように重なって、頭の中で不確かな像を結ぶ。

4
子どもの頃、学校では窓際の席が好きだった。
外にいるのではなく、外を眺めるという行為は、その目に見える遠い場所に憧れながら同時にその距離の遠さに安心しているようでもある。

5
その窓からは、中庭の大きな木が見えた。
人がいなくなってだいぶ経つという民家で、木は巡り続ける季節を告げてきたことだろう。
空白の中でこそ見えてくる色がある。

6
巻き鍵を差し込んで回すと、がたがたと思いのほか大きな音を立ててゼンマイが軋んだ。徳島の山奥の祖父母の家にあったもう動かない柱時計のことを思い出した。

7
止まったままの柱時計を直そうかと文字盤を外してみたが、どうやら分解して洗浄しなくては直らないようだった。ゼンマイを巻いて振り子に重りを付けて揺らすと数十秒は動くが、やがて止まってしまう。でも、指で分針をゆっくり12時にもっていくと、鐘の方はちゃんと動いて時刻の数だけ時を打ち、がらんどうな部屋に心地よく反響した。
庭では木漏れ日とともに、時間が落ち葉のように降り積もっている。

8
古い照明が点滅を繰り返すように、長い過去を持った建物は、現在に過去が時折ちかちかと交錯する。その点滅は眩暈に似て、足裏の地面の感触を頼りなくさせる。

9
夏、郊外の国道を原付で走っている途中、いきなりの雨に打たれ、街路樹の下でしばし雨宿りを余儀無くされた。雨は、陽が射しはじめてもしばらく降りつづけた。葉の隙間からは木漏れ日と雨が同時に降ってきて、光と音がちらちらと揺れた。繁った葉の下で、落下という現象が質感を変えて交錯する。

10
家の中で、家の中にいることについて考える。いつしか降り出した雨を聞く。屋根からの滴りが定期的なリズムであちらこちらをノックする。意識は外に伸びていく。
夜、電気を消すと、雨が部屋の中でも降り出したようだった。漏れだした雨の気配で、畳がじっとりと湿り気を帯び始める。

11
流れ続ける時間の中にあっては、動かない方が時間を感じられる。昔作った本の上に小さな回転木馬が回る作品が、あるギャラリーの中では、ほとんど止まって見えたのに、そこではむしろ速く見えた。馬を回転させるための動力として使った時計の秒針が、そこに流れる時間の速度を体感するための標石となる。

12
夜の道路で曲がり角を曲がった拍子に金木犀の匂いにぶつかった。いつもよく通る道が不意に質感を変える。辺りを見渡しても何も見えず、ブロック塀と民家の黒い影が見えるだけ。暗闇に不確かなイメージが浮かぶ。

いつ頃から始まって、いつ頃終わったのだろう。
もうすでに金木犀の匂いが思い出せない。匂いに関する記憶はいつも不確なのに、何よりも記憶に直に触れたような気がすることがある。巡る季節の螺旋を垂直に貫通した落とし穴に落ちるように、夜の道路で過去に着地することもある。

13
落とし穴から上空を見上げると、過去と未来が直線で繫がる気がする。
この世界に生まれたのは秋の始まりの頃で、晴れていたのであれば気持ちのよい気候だったはずだ。金木犀はまだ咲いていなかっただろう。いつしかこの世界を去る時、あたりはどんな季節に包まれているのだろうかと想像する。

14
展示することと季節について考える。
季節が変わって空気が変化すると、見えていなかったものが見えるようになる。その差異の在り方について考える。

カーテンの隙間から差し込む陽の光が、床を出現させるように、日常の中にフィクションを差し込む、あるいは、その逆によって、見えない場所に広がる余白を探す。

 

今村遼佑